投稿

4月, 2026の投稿を表示しています

私の頭の中の消しゴム

自分は考えが豊かで、知識もそれなりにあり、いつでも何かをアウトプットできる人間だと思い込んでいた。 しかし、こうして Apple ノートを開き、何か記事でも、ナレッジでも書こうとすると、何も出てこない。 普段の会話では、話し出すと止まらない。 頭の中にはいろいろあるはずなのに、文章にしようとした瞬間、手が止まる。 なぜだろう。 きっと、知識や情報や思想が、自分の中で完全には消化されていないのだ。 だから、自分の言葉として取り出せない。 情報をインプットし、保存し、整理したつもりになっていても、空白のページの前で引き出せなければ意味がない。 暗記したいわけではない。 名文を書きたいわけでもない。 ただ、自分の拙い言葉で下書きくらいはできないと、頭脳労働者としてまずいのではないかと思ってしまう。 AI を多用するようになってから、文章を本当に自分で書かなくなった。 仕事のメールは AI。 資料作成も AI。 言い換えも、要約も、構成も、壁打ちも AI。 自分で言語化する機会を、私は少しずつ AI に渡してきた。 AI は、私の頭の中の消しゴムだ。 厄介なのは、その消しゴムが、万能な辞書でもあることだ。 速さ、正確さ、効率、費用対効果。 どれを取っても、AI を使わない理由はない。 だから私は、これからも仕事で AI を使い続ける。 おそらく、今よりもっと依存する。 それでも、どこかで怖さがある。 AI は私の頭の中を侵食している。 現に、何か別のことを書こうと思って開いたこの記事も、結局 AI の話になってしまった。 本当に笑えないジョークだ。 ただ、久しぶりにこうして、自分の手でタイピングしていると、少し心地いい。 たぶん私は、どれだけ文章を書いても AI には勝てない。 構成力でも、語彙でも、速さでも、正確さでも勝てない。 でも、もうそれでいい。 文章を書く目的は、AI に勝つことではない。 自分の精神のバランスを整えることだ。 仕事では AI を使う。 効率のために使う。 成果のために使う。 それは変えない。 けれど、隙間時間や、少し落ち着いた時間に、何かを求めない文字書きを習慣にしてもいいと思う。 上達しなくてもいい。 評価されなくてもいい。 役に立たなくてもいい。 書いているこの瞬間だけは、私の頭の中のノートが、あの消しゴムに消されない。 それだけで十分だ。

正義のアルゴリズム

イメージ
  ある日、一本の動画がSNSに投下された。 映っていたのは、痩せた青年――エヌ氏だった。 人気のない路地裏で、数人の不良に取り囲まれ、地面に額をこすりつけさせられている。命令されるまま泥水をすすり、嘲笑を浴びるその姿は、あまりに惨めで、あまりに扇情的だった。 動画は火薬庫に投げ込まれた火種のように拡散した。 「胸糞悪い」 「こいつら人間じゃない」 「絶対に許すな」 怒りは正義の顔をして増殖し、タイムラインを埋め尽くしていった。 そして数日後、事態は次の段階へ進む。 匿名アカウントが現れ、不良たちの個人情報を一つずつ、丁寧に、まるで供物でも並べるように晒し始めたのだ。 本名、住所、家族の勤務先、過去の補導歴、消したはずの古い写真。 群衆は歓声を上げた。 “特定班”を名乗る者たちが雪崩れ込み、ネット空間はたちまち公開処刑場へと変わる。 結果は苛烈だった。 不良たちのアカウントは炎上の末に閉鎖され、一人は学校を追われ、一人の実家の商店は執拗な嫌がらせに耐えきれず潰れた。 主犯格の男は、追い詰められ、自ら首を吊った。 そのたびに、ネットは酔ったように沸いた。 「因果応報」 「スカッとした」 「これが正義だ」 誰もが、自分は正しい側にいると信じて疑わなかった。 その一部始終を、エヌ氏は薄暗い部屋で眺めていた。 モニターの光だけが顔を照らしている。 彼は感情のない目で、暗号資産口座の残高を確認した。桁がひとつ増えている。 「今回の“企画”も、上出来だ」 独り言のように呟き、裏サイトのスポンサーから届いたメッセージを開く。 最高のエンターテインメントでした。 群衆の怒りをここまで精密に誘導するとは見事です。 次回の“復讐劇”にも出資します。 エヌ氏は、ほんのわずかに口元を緩めた。 あの不良たちは、闇バイト掲示板で集められた駒にすぎない。 依頼主の顔も、本名も知らない。匿名の仲介アカウントから指示を受け、指定された場所で、指定された台本どおりに振る舞っただけだ。 「顔にはモザイクをかける」 「あとでネタばらし動画を出して、一緒にバズらせる」 代理人はそう約束していた。 だが、モザイクは外された。 ネタばらし動画が投稿されることはなかった。 その後に待っているのが、個人情報を売られ、本当に社会から抹殺される末路だということも、彼らは知らされていなかった。 生き残った連中が何...